主な獲得タイトル

1984年第16回極真全日本空手道選手権大会優勝
1985年第17回極真全日本空手道選手権大会準優勝
1993年第25回極真全日本空手道選手権大会6位入賞
1987年第4回極真全日本ウェイト制空手道選手権大会準優勝
1993年第10回極真全日本ウェイト制空手道選手権大会3位入賞
1995年第12回極真」全日本ウェイト制空手道選手権大会3位入賞
1987年第4回極真全世界空手道選手権大会6位入賞
1991年第5回極真全世界空手道選手権大会3位入賞
1995年第6回極真全世界空手道選手権大会6位入賞
第4回〜第6回まで極真全世界空手道選手権大会連続出場!!
第16回大会では最年少で初出場初優勝という前人未踏の快挙でデビューを飾る。その強烈な下段回し蹴りで相手を圧倒することから黒澤は“格闘マシーン”と呼ばれ一躍極真空手の窮児となった。その後、松井章圭らと「四天王時代」を築いて縞を削り合う。

1997年極真会館から独立。自らの道場、黒澤道場を設立。
同年「PRIDE−1」で、膝前十字靱帯、内側靱帯が完全断列、
ハムストリングス筋断列というアクシデントが起きた。
普通の人間ならば、一生歩行に支障をきたす程で再起不能かと思われるこのケガから1999年7月4日「PRIDE−6」で見事な復帰を遂げ全盛期と言わせた。

黒澤の空手人生に於いては数々のエピソードがある。
第4回全世界空手道選手権大会での対P・スミス戦は、
黒澤自身が歩行不能になるまで戦い続けた死闘となる。
そして、第8回ウェイト制大会での七戸戦では、左薬指の骨を露出させた開放骨折のまま試合を続け、その結果戦闘不能となり惜しくも準決勝進出を断念する。
この様に黒澤は幾度となく不運な負傷等に見舞われてきたが、
それでも常に黒澤らしい戦いを見せてきた。


1997年10月11日、
黒澤は1ファイターとして初めて異種格闘技戦に挑み、
更にその大会を主催する団体“KRS”の代表幹事を務めた。
対戦相手はイゴール・メインダート。

この試合で黒澤は1R中盤で右膝十字靱帯断列という戦場での致命傷を負ったが、破壊されて立てるはずのない、
そして蹴れるはずのない足で尚も下段蹴りを放ち続けたが、結果、壮絶にもドクターストップによるTKO負けという結果に終わる。
黒澤はまさに大山倍達総裁の極真魂を見事に具現化している唯一の人物と言ってもよいのではないのだろうか。





●Kー1主な戦績

2000/01/25 ○ マーカス・ルイス   1R KO

2000/03/19 ● 角田信朗       1R KO

2000/05/28 ○ グレート草津     判定

2000/07/07 ● 騰軍         延長判定

2000/10/09 ● 子安慎悟       1R KO

2001/01/30 △ 村上竜司       引分

2001/08/19 ● 平直行        2R終了時TKO

2002/09/22 ○ 須田渉        2R KO

2003/06/28 △ アイヴァン・サラベリー 引分

壮絶! 氷柱割り